ふとあることから中国は福建省の厦門(アモイ)を訪問することになった私。

聞いたところによると厦門(アモイ)には日本統治時代に神社があったとか。これは是非神社の跡を見に行ってみようということで行ってきました。

厦門神社とは

日中戦争の最中の1938年に厦門を日本が占領。

1939年に厦門神社建立の委員会が発足し、日本人居留民のために1940年12月に建立された神社です。

戦後は取り壊され、一部の施設は残っていましたがそれも時代とともに無くなってきている模様。

いざ厦門神社へ!

気になる場所ですが、厦門を走る地下鉄の1号線に乗り「中山公园」という駅で降りたら地上へ。

駅から東へむかって2~3分ぐらいのところにあります。場所的には「泰国駐廈門総領事館」のあたりです。間違って総領事館に行かないよう注意。

泰国駐廈門総領事館へ続く階段

泰国駐廈門総領事館への階段があるのでここを上ります。そして階段を上りきったら左へ(いろいろ迷って逆ルートで来たのは内緒)。

石畳も神社に関係ある?

ここには石畳がありました。これは神社に関係があるのかどうかは定かではありませんが、神社っぽい気もしないでもない。

そして石畳を進んで右を見てみると・・・

石段

石段が現れました。周囲の植物が南国チックなのであんまり神社のイメージが沸きませんが、神社の石段と言われてみるとそれっぽいです。

階段を上りきると・・・

今も残る狛犬

ありました狛犬!!

ここが厦門神社の跡地みたいです(ただし狛犬の位置は昔と違う)。

右側の狛犬
左側の狛犬

何か日本語は刻まれていないか探してみましたが見つけることはできず。

周囲をくまなく探してみれば他に何か神社の遺構を発見できるかもしれませんが・・・

狛犬の奥側

狛犬の向こう側には拝殿や本殿などの建物があったのでしょうか・・・それとも狛犬は移動されたもの?

拝殿や本殿の痕跡は見つけることができませんでした。

その他石段

この石段も神社建立のときに作られたものでしょうか?

石のテーブルとイス

このテーブルとイスは違う・・・よね?

富园厅

狛犬のところから左へ曲がって回り込むと富园厅というレストラン?がありました。

明宵庁なる建物

20世紀後半まで神社の施設の一部が残っていたようですがこちらの明宵庁を建てるときに取り壊されたそうです。

たしかに神社の痕跡があった

それほど多くのものは残っていませんでしたが、狛犬は明らかに神社の物!というわけで神社があったことをイメージさせてくれました。

厦門以外にも中国各地に神社があったみたいなので、中国を訪問することがあれば他の場所も是非とも行ってみたいものです。

2019年10月再訪・狛犬に奉献の文字を発見

10月に厦門を再訪したので厦門神社跡地にも再び訪れてみました。

今回は夜間の訪問でしたが、幸運なことに地元の歴史を調べている方に説明をしてもらいながら(といっても中国語は全然分からないのでgoogle翻訳と地元の方の簡単な日本語頼みですが)神社跡を見ることが出来ました。

神社跡地に見られる多くの石段は神社創建時のものだそうです。

神社の石段の一部にコンクリートの建物が建てられている場所もありました。

狛犬に奉献の文字発見

左側の狛犬
右側の狛犬

前回訪れたときはどこに文字が入っているのかわかりませんでしたが、教えてもらってやっと気づきました。

左側の狛犬の台座左側面に「奉献」の文字が!!

ちなみに右側の狛犬の台座はというと・・・文字が削り取られていました。

なんとなく奉献と書かれていたことがわかるでしょうか・・・

石のテーブルと椅子が実は石灯籠・・・?

地元の方の話によると多数見られる石製テーブルと椅子のセットももともとは神社の石灯籠だったのだそうです。

神社跡地各所に見られるテーブルと椅子

言われないと見過ごしてしまうこちらも・・・

テーブルの天板部分を除いて石灯籠を流用したものなんだとか。これは言われなきゃ気づかない・・・

確証はありませんが、本当に貴重な情報を教えていただきました。

ちなみに写真に写っている椅子は角ばっていますが、中には丸っこい椅子もあってそっちはあとから作られたものだと思います。

参考リンク

中国語ですが、こちらに厦門神社のことが書かれています。

当時の史料を写した写真もあってとても興味深いです。

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