御朱印を書く神主側の3つの気持ち

私もときどき御朱印もらってます 世の中は空前?の御朱印ブーム。 御朱印ガールなんて言葉が登場したり、神社によっては限定御朱印を作る神社もあったりして、昔に比べて御朱印への注目度は格段に高まっています。 私も御朱印はいろんな神社でもらったりしているわけですが、今回は御朱印を書く神主側の心理について書いてみたいと思います。 ちなみに私は小さい神社にしかいたことが無いので、有名な神社での対応じゃなくて神主数人規模の神社での経験になります。これまで御朱印を書いた数は数十〜百ぐらいかなと思います。 書く側の御朱印に対する心理 内宮は印だけだったりと神社によっていろいろ 隣のページの字がうますぎてプレッシャーを感じる

「神社で柏手を打ってはいけない」説に物申す!

少し前のことですが 「神社で柏手を打ってはいけない」納得の理由 という記事が話題になりました。 https://president.jp/articles/-/30958 記事にアクセスしてもらうために少々過激なタイトルにしたというのもあると思いますが、「神社で柏手を打ってはいけない」と言い切るのはなんとも乱暴な論理だと思いますのでちょっとこのことについて書いてみたいと思います。 拍手をしてはいけないという根拠はあるのか この記事に書かれている拍手をしてはいけない根拠ですが、箇条書きにしてまとめてみると・・・

地鎮祭の流れ(式次第)や時間は?地鎮祭の別の言い方は?

今回は地鎮祭の流れや所要時間について書いてみたいと思います。 鍬入れのときの掛け声はどうするんだろう?とか心配なことも多々あるかもしれませんが、施主側はあまり難しく考えることはありません。 地鎮祭の読み方 と、その前に読み方についても少し触れておきます。 地鎮祭の読み方ですが、「じちんさい」と読むのが通常ですが、祝詞のなかでは「とこしずめのまつり」と読んでいます。これは大和詞(やまとことば)での読み方です。 一般的には「じちんさい」と言わなければ通じませんが、こういう読み方もあるんだと覚えておくといいかもしれません。

神社のお参りやお祓いに六曜(大安・仏滅)は関係あるの?

神社のお参りや御祈祷に六曜は関係あるのか、六曜の説明も含めて書いてみました。

ご利益の決まり方ってけっこう適当?名前の読み方から決まった神社

皆さんは神社にお参りするときにご利益って気にしますか? 自分は特に気にしていないのですが、やっぱりお参りするならご利益も気になるという人もいると思います。 そもそもご利益って・・・ 現在では「ここの神社は○○のご利益が・・・」などという話になりますが、そもそもは生活を見守ってくださる、人間からは測り知れない神様という存在に対しての畏れ多い気持ちではないかと思います。 「○○の神様、△△の神様」 というのはそうした信仰の中から出てきた派生的な物であって根本的には、○○に効くといった具体的なものではありません。 ただ、現代ではそれだけではなかなか神社の護持運営というのもままならないという面も有ります。いろんな人に知ってもらって信仰を集める、そうしたことで神社が成り立っている側面もあります。 お守りも元々は肌守りなどと言われるオーソドックスな物だけだったそうですが、時代が降るにつれて様々に派生して、現在のように非常にたくさんの種類が登場しているようです。

神社仏閣の電子マネー賽銭にあたなた賛成?反対?

2019年はキャッシュレス元年。キャッシュレス決済でポイント還元が実施されるなど、支払いに関する転換期ともいえる年になりましたね。 そんな中、神社のお賽銭も電子マネーになっていくんじゃないかという話を耳にしたので、今回は電子マネーのお賽銭について考えてみたいと思います。 電子マネーを導入している神社の例 港区の愛宕神社 電子マネーのお賽銭を導入している神社で一番有名なのは東京の愛宕神社でしょうか。2014年から楽天EDYでのお賽銭を導入しているそうで、なかなか時代を先取りした感があります。 なぜEDYを導入したのかという話ですが、楽天の三木谷社長らが初詣している関係で提案を行ったところ快諾となったようです。...

神無月(10月)は神社にお参りしても神様はいないの?大丈夫な3つの理由

以前神社にいたときに参拝者からこんな質問をされたことがあります。 「10月は神無月(かんなづき)で出雲大社に神様達が集まるから神社に神様はいないの?」 出雲では神無月に神様が集まってくると言われており、神無月ではなくて「神在月(かみありづき)」というそうですね。だから他の地域では神社にお参りしても神様は居ないんじゃないの?という話です。 で、この質問をされたときに神無月に神社にお参りしても問題ないということは頭ではわかっていてもなかなか論理的な説明ができなくて悔やんだ記憶があります。 てなわけで今回は10月の神無月、旧暦の神無月で考えると新暦の11月ぐらい、に神社にお参りしても大丈夫な理由を自分なりにまとめてみます。 神無月に神社にお参りしても大丈夫な3つの理由 神無月の「無」は有無を表すのではなく助詞の「の」である 秋のシーズンは多くの作物の収穫を感謝するお祭りが各地の神社で行われており、神様のお祭りが非常に多いシーズンです。こうしたことから神の月とも言われています。 こうしたことから「無」は助詞の「の」であり、現在は我々が使っているように物の有無を表す言葉ではないということです。 6月のことを水無月といいますが6月は梅雨のシーズンも重なることから水が無いというイメージはありませんよね。こうしたことから水無月も「水の月」という意味だという説があります。 神無月の語源としてはこの他、神様にその年取れた作物である「新嘗(にいなえ)」を準備する月「神嘗月(かんなめづき)」が変化したという説もあるようです。 神様は同時にいろんなところでお参りできる 神無月は神様の月ということで神社にお参りしても大丈夫なんですが、仮に神様たちが出雲に集まっていたとしても大丈夫です。 人間の場合は当然違う場所に同時に存在することはできないのですが、神様の場合は話が別です。 例えば菅原道真公をおまつりした天満宮。○○天満宮というなまえで各地にありますよね。火の神様の秋葉神社もそうですし、有名な鶴岡八幡宮は源頼朝が京都の石清水八幡宮から神様を勧請してお祀りしたのが由緒です。 神様に対して1箇所からしかお参りできないのであれば「これらの神社にお参りしてる意味は・・・」ってなっちゃいますよね。 神様は分霊ということができるんですね。分身して違う場所に同時に存在できるというイメージ。だから仮に神様たちが出雲に集まっていらっしゃったとしても神社にも神様のはいらっしゃるのでお参りして何の問題も無いと思います! 神社は神様を感じるための場所 先ほどの内容ともちょっと重なるところもありますが、神社に神様が居ると考えるのではなく、神社はいろんな場所から神様の存在を感じるための場所であるという考えです。 神社の建物の雰囲気や周囲の自然、天候の変化など神社の中でいろんなことを感じ取り、神様という人間よりもはるかに大きな存在を感じ取るという自分の感性が大切なんじゃないかなと。 個人的には神社は神様を象徴するような御神体がお祀りされていて神様の存在を感じ取る場所(神社の周りの鎮守の森や自然も含めて)なので、神様がいるとかいないとか深く考えず、自分で神様のことをイメージしてお参りできたらいいんじゃないかなと思います。 神社は何月にお参りしても大丈夫だぞ! てなわけでぐだぐだと書いてしまいましたが、月なんて気にせず自分が神様にお礼を申し上げたいとき、特に用事は無いけど近くを通ったとき、いつでも神社にお参りして大丈夫です!  

おみくじの意味と順番 結んで帰るべきか持って帰るべきか

おみくじを引く目的や順番、結ぶべきか結ばないべきか、写真に撮ってもいいかどうか、変わったおみくじの紹介までいろいろ書いてみました。

お守りは違う神社のものを複数持つと喧嘩する?持ち方は?いつまで持ってていいの?

お守りは複数持っていていいのか、いつまで持っていていいのか、返納するべきなのかといったことなどお守りの疑問に関する考えをいろいろと書いてみました。

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